グラスロ第1回を開催して(上)

初めまして。阿部飛雄馬と申します。

 

東京大学大学院教育学研究科の修士課程に所属する傍ら、「白堊ランナーズ」という有志団体で代表を務め、生まれ故郷である岩手県で、市民ランナー向けの非公認トラックレース「IWATE GRASS-Lot RACE」(通称グラスロ)を主催しています。

 

今年8月1日に第1回大会を開催し、多くのランナーにご参加いただきました。選手・観客・運営等、関わってくださった全ての方々に、この場を借りてお礼申し上げます。

 

新型コロナの影響で多くの大会が中止となっているという事情もあってか、開催を決定してから大会終了後にかけて、地元メディアが大会を大きく取り上げてくださり、また、地元のランナーの方々からも多くの反響をいただきました。

 

その中で、「大会開催に至った経緯」や「大会への思い」等を幾度となく問われ、その度ごとに自分自身の思いや考えを言葉にしてきました。

 

しかし、口頭で自分の考えを正確に伝えるのが苦手な性分なため、これまで人に伝えてきた言葉が正確に自分の考えを反映しているか、正直甚だ怪しいところです。

 

そのため、ここで一旦自分の考えを文章にして整理してお伝えしたいと思います。今後の大会の宣伝の意味もあります。

長くなるので、上下二回で配信します。

 

トピックは大きく4つ、

〇大会を開催しようと思ったきっかけ(理由・目的)

〇どのように大会を作りあげていったか(具体的行動)

〇大会を開催して思ったこと(評価)

〇今後について(展望)

に分け、時系列的にまとめていきます。

 

 

〇大会を開催しようと思ったきっかけ

 

・箱根後を見据えたアップデート

 

 昨年の11月頃から構想を始めました。箱根駅伝の関東学生連合に選出され、多くの反響をいただいていた時期にあたります。注目される中である不安も感じるようになります。それは、「箱根が終ったら1か月もしないでみんな自分のことは忘れてしまうだろうな」という忘れられることへの不安です。

 

 この先「箱根に出た」という話題で一生食っていけるわけではないし、過去の栄光にすがるような格好悪い生き方はしたくない。そもそも自分は選手としては平凡で、人に誇れるほど大した競技力があるわけではありません。

 

 多少大袈裟かもしれませんが、自分が箱根後も生き残っていくには、箱根ランナー「である」ことから箱根ランナーとして何かを「する」ことへと生き方のスタンスをシフトしていくこと、つまり自分自身を常にアップデートしていくことが必要である、と考えました。「箱根を走ったことを活かして、何か自分ならではのことがやれないだろうか」という試行錯誤の一つの形がグラスロだったと言えましょう。

 

・オトナのタイムトライアル(OTT)の影響

 

 OTTが私の考えに与えた影響は非常に大きいです。ご縁あって大学に毎回ペースメーカーの依頼をいただいており、ペースメーカーとして2回、観客として数回OTTに参加させていただきました。初めて参加した時、「トラックレースってこんなに楽しくていいのか!」と衝撃を受けたのを覚えています。

 

 観客のすぐ目の前を選手が駆け抜けていく迫力、マイクを持った実況が選手と並走しながらインタビューをする自由さ、何より選手のみならず観客も楽しそうにしている様子に心を惹かれました。運営の方々の、レースが楽しい!もっとこの楽しさを色んな人に感じてもらいたい!という想いが溢れんばかりに詰め込まれている素晴らしいイベントです。

 自分自身が数年前から陸上競技を「人生を豊かにするためのもの」と考えるようになったこともあり、レースをとにかく楽しもうというOTTの雰囲気が自分の価値観にぴったり合致しました。

 

 レースの楽しさを存分に味わう中で、この楽しさを味わいたくても味わうことが難しい地元岩手に思いを馳せました。OTTは東京で開催されているため、岩手などの地方から気軽に参加するのは中々難しいです。

 似た大会が岩手でも開催されたらいいな、という思いを漠然と持ち続け、その思いが箱根後のアップデートを目指す自分の方向性とうまくつながったことで、「岩手でOTTのような大会を作ろう!」という発想に至りました。

 

 

〇どのように大会を作りあげていったか

 

・基本的な組み立て方を学ぶ

 

 開催しよう、と意気込んだは良いものの、何から始めたら良いのか右も左もわからない状態からのスタートでした。

 どうしたら良いか、スポーツビジネスに興味がある中学時代の友人に相談する中で、その友人が大学時代にお世話になっていたスポーツ経営学を専門に研究されている先生に話をつないでもらえることになりました。ちょうどオンラインで人と会うことが浸透してきた時期だったので、地理的に離れた場所の先生とすんなりコンタクトを取ることができました。

 

 基本的な考え方としては、

 ・人、モノ、カネ、情報、リスク管理に区分して構造化する

 ・人数規模を予め設定し、設定を基に人、モノ、カネ、情報、リスク管理の手段と規模を考える

 ・地域社会の特性を活かすなら、新聞や地域広報に掲載してもらったり、ビラを役所に置いてもらったりするのが結構効果的

 

という感じです。色々お聞きする中で徐々に何から始めるかがイメージできるようになりました。専門家の方にお話を伺えるのはやはり刺激的です。設計図のイメージができるようになったところで、早速準備に取り掛かりました。

 

・人

 

 今後継続的に開催していくためには現地での協力者が必要です。以前からこっそり存在していた高校OBの団体(非公式)「白堊ランナーズ」のメンバーを中心に先輩や後輩に声をかけ、ご協力を仰ぐことに成功しました。高校まで競技をする中で知り合った陸上仲間にも声をかけました。最低限の人手は集められそうだったので人集めはクリアです。

 

・モノ

 

 買えば済むものを除くと、競技場、プリンター、ゼッケンが必要でした。

 

 競技場は空いている日を選んで話を通せば解決です。

 

 プリンターはギリギリまで目途が立っていませんでしたが、運営ボランティアに来てくださった高校の先輩のご実家からお借りできることになり、解決しました。頭が上がりません。

 

 ゼッケンは布生地を買ってきて黒ペンで作成しようかと考えていましたが、4月にTwitterで大会開催の周知を行った際に、岩手の陸上競技を全面的に応援なさっている北上市の「和賀スポーツ」さんからご連絡をいただき、ご提供いただけることになりました。高校時代、都道府県駅伝に出場した際に中学生代表で一緒のメンバーだった佐藤慎巴くん(現日体大)のご両親が経営されているお店のようです。

 中学時代から知ってくださっているとのことで、全面的にご協力してくださいました。感謝しかありません。何と大会の横断幕まで作成してくださいました。

 

・カネ

 

 「誰でも気軽に参加できる」ことをコンセプトにしているので、出場料は「ワンコイン500円」に拘っています。競技場の貸出料金を中心に必要経費を計算し、「出場者150名」を目標に設定しました。収支が何とか黒字になる算段です。まずは何とか大会を開催して多くの人に大会を知ってもらうことが目的だったので、初回は赤字も辞さない覚悟でした。

 

・情報

 

 箱根駅伝の際に岩手の多くのメディアの方々とお知り合いになることができたので、連絡を取って宣伝活動にご協力していただきました。平たく言うとコネの利用です。

 当然、ニュースや記事として取り上げるだけの価値をアピールできなければ取り上げていただくことはできません。大会にかける思いや大会の特徴をアピールし、興味を持っていただくことに成功しました。

  地元有力紙である岩手日報さんの影響力は抜群で、記事にしていただいた直後から参加申し込みが激増、連絡を取れていなかった地元テレビ局も注目してくださり、情報の流通網が拡大していきました。

 

 他にも簡単なポスターを作成して近所の理容店や顔見知りのいるスポーツ店、整骨院などランナーが集まりそうな場所に貼ってもらうなどして宣伝に努めました。効果があったかどうかは検証が必要です。

 

リスク管理

 

 今回一番の難所です。通常の大会開催のリスク管理に加え、今回からは新型コロナの感染対策が必須になります。

 

 一番確実な感染対策は「開催しない」という選択をすることです。毎年開催しているマラソン大会などは「中止」という選択が容易ではないこと、その一方で開催に伴う感染リスクを減らすこともまた容易ではないことは理解しています。大会開催に尽力し、それでもなお「中止」という苦渋の決断を下さざるを得ない運営の方々の苦労を考えると、頭が上がりません。

 

 それに比べれば、まだ第1回も開催していない大会を中止にすることは大して難しい判断ではありません。開催を周知する前に私の心の中で開催を断念し、筆をおいてパソコンをそっと閉じれば済む話です。

 

 しかし、楽しみにしていたレースが全部なくなって寂しい思いをしているランナーの方々のことを思うと、「開催しない」という判断はできませんでした。

 何より、まだ個人開催レベルである大会だからこそ、規模を小さくし、直前の状況を見て大会の仕組みを感染症予防に合わせて作り変えるなど、柔軟でスピーディーな動きが可能であると考えました。このような規模の大会を作る我々の仕事は、「レースに出たい」というランナーの思いをできる限り叶えられるよう、安心して走れる場の提供に尽力することだと考えています。

 

 「出場者150名」という目標は感染状況的にも適正でした。運動公園管理事務所から指示をいただいた感染予防ガイドラインを参考に、基本的な感染予防策(マスクやアルコール消毒など)を徹底したうえで、受付は混雑とペンの共用を避けるためにQRコードを使用するという工夫を施しました。「開催する」という決断を下した以上、人が集まってくるので感染リスクをゼロにすることはできませんが、こちらの要請に来場された方々も快く了解してくださり、皆が安心して参加できる大会にすることができたと思っています。

 

 

(次回に続きます)